<?xml version="1.0" encoding="UTF-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:blogChannel="http://backend.userland.com/blogChannelModule" >
  <channel>
  <title>資料ぶろぐ</title>
  <link>http://tokusan.blog.shinobi.jp/</link>
  <atom10:link xmlns:atom10="http://www.w3.org/2005/Atom" rel="self" type="application/rss+xml" href="http://tokusan.blog.shinobi.jp/RSS/" />
  <description>まちづくりの著書や資料</description>
  <lastBuildDate>Wed, 11 May 2016 00:34:43 GMT</lastBuildDate>
  <language>ja</language>
  <copyright>© Ninja Tools Inc.</copyright>
  <atom10:link xmlns:atom10="http://www.w3.org/2005/Atom" rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com/" />

    <item>
    <title>長谷川徳之輔君を偲ぶ会</title>
    <description>
    <![CDATA[『長谷川徳之輔君を偲ぶ会』のご案内<br />
　去る平成28年3月25日に逝去された長谷川徳之輔氏を偲ぶ会を下記の通り執り行います。<br />
　ここに謹んでお知らせ致します。<br />
　平成28年5月11日<br />
　友人　勝又理/藤島勝巳/渡辺利明<br />
　日時　6月19日(日)12時～14時<br />
　会場　沼津リパーサイドホテル4階<br />
　・当日は平服にてお越し下さいますようお願い申し上げます。<br />
　・偲ぶ会は会費制(お1人5,000円)とさせて頂きます。<br />
　・御供花、御供物、御香典の儀は固く辞退申し上げます。<br />
　尚、会場準備の都合上、ご出席頂ける方は5月末日までに下記宛てにご一報ください。<br />
　090ー2573ー7363(勝又）<br />
【沼朝平成28年5月11日(水)号】<br />
<a target="_blank" href="//tokusan.blog.shinobi.jp/File/6b121aa0.jpeg" title=""><img src="//tokusan.blog.shinobi.jp/Img/1462926868/" alt="" /></a>]]>
    </description>
    <category>快男児</category>
    <link>http://tokusan.blog.shinobi.jp/%E5%BF%AB%E7%94%B7%E5%85%90/%E9%95%B7%E8%B0%B7%E5%B7%9D%E5%BE%B3%E4%B9%8B%E8%BC%94%E5%90%9B%E3%82%92%E5%81%B2%E3%81%B6%E4%BC%9A</link>
    <pubDate>Wed, 11 May 2016 00:34:43 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">tokusan.blog.shinobi.jp://entry/106</guid>
  </item>
    <item>
    <title>沼津をこよなく愛した 快男児長谷川徳之輔君逝く　渡辺利明</title>
    <description>
    <![CDATA[沼津をこよなく愛した<br />
快男児長谷川徳之輔君逝く　渡辺利明<br />
　畏友畏谷川徳之輔君が逝ってしまった。徳ちゃんとは沼津四中の同級生。戦後の廃墟の中、現在の四中が建設され、そのグラウンドの暗渠整備のため香貫山裾から岩石を掘り出してはモッコ運びをした仲だ。<br />
　あれから六十有余年。沼津東高から東北大学に進み建設省に奉職した彼とは、しばらく疎遠であったが、あのバブル経済の真っ最中、千本の居酒屋で行き会い、日本経済を論ずるようになり、急速に付き合いが復活した。まさに小中学生時代に戻り、お互い言いたい放題、議論は尽きなかった。<br />
　地価高騰バブルの中で建設省から、その外郭団体、建設経済研究所に出向した彼は、地価問題解説でNHKや民放各社のテレビ番組に連日引っ張り出され、また多くの講演会もこなした。バブルに浮かれる日本経済の潮流に大きな警鐘を鳴らし続ける彼に対し、政官財界は冷ややかな対応を示した。徳ちゃんは、これら権力にひるむことなくバブルの弊害を主張し続けた。<br />
　その後の日本経済の推移を見れば、まさに彼の指摘した通りとなった。金融機関の破綻、統廃合など日本は大きなダメージを受けたのだが、バブル発生の初期段階では彼の指摘は余り重視されなかったように記憶している。当時、バブルに便乗して多額の利益を上げた建設・不動産、商社、そしてこれらに多額の融資を実行した金融機関などが彼の批判の対象だった。<br />
　その頃、一地方銀行の支店長だった私は、銀行のバブル融資は無いと主張したのだが、首都圏、大都市での巨大銀行の融資実態を彼から聞かされ、彼同様の危機感を持ったことが思い起こされる。事態は、まさに彼が指摘していたような、日本に大きな負の遣産をもたらし、日本経済は現在も、これを引きずっている。<br />
　徳ちゃんは、その後、明海大学教授に転身して時間的にも余裕ができ、沼津にしばしば帰郷するようになり、お互いに毎月、下手なゴルフを楽しむようになった。そんな彼が最も心を痛めていたのが沼津の疲弊ぶり。我々が青春時代を過ごした輝ける沼津の姿はなかった。<br />
　英国の大学にも交換教授として滞在し、世界各地を回ってきた経歴から自分が生まれ育った沼津が、どんなに素晴らしい街かの思いを強めていた。標高三七七六㍍の富士山から深海二五〇〇㍍の駿河湾、標高差六千㍍以上にも及ぶ沼津地域は、世界的にも貴重な自然に恵まれ、農産物や海産物も豊かだ。<br />
　その沼津の惨状を見るにつけ、なんとかしたいとの思いに駆られるようになる。建設省時代から公共事業の専門家として、沼津行き詰まりの根本原因はバブル期に計画された鉄道高架事業にあること、この事業から早く脱却し新生沼津への道を進むよう主張するに至った。<br />
　その分析と研究の成果を基に、『地方都市再生の道をさぐる』という本を自費出版した。この本は、故郷沼津の再生を願う彼の思いが集約されたものだった。もちろん、彼にはその他の出版物、専門分野の論文なども多数あるのだが、一般向けとしては、彼の故郷沼津に対する思いが凝縮されたものだ。<br />
　そのほか、彼は沼津と三島の歴史的経緯を踏まえ、両市の合併が県東部の発展につながるとして、「芙蓉市」構想も提言した。また、高校と建設省時代の後輩に当たる斎藤衛、櫻田光雄の両元市長に対して、二人が協力して沼津再生に当たるよう説得しても動こうとしないことを嘆いていた。<br />
　このような大きな視野に立って様々な評論、講演を行い行動してきた彼の逝去が惜しまれてならない。沼津は貴重な人材を失った。建設行政に前半生を捧げ、後半生は故郷沼津の再建を誰よりも強く願い行動した人生だった。彼があと十年若かったら、ぜひ、市政のトップを務めさせたかった。<br />
　そんな彼を悼み、何人　かの友人達と近いうちに「偲ぶ会」を開催したいと思っている。(下石田)<br />
【沼朝平成28年4月7日(木)号寄稿文】<br />
<a target="_blank" href="//tokusan.blog.shinobi.jp/File/115e1bfa.jpeg" title=""><img src="//tokusan.blog.shinobi.jp/Img/1459978697/" alt="" /></a>]]>
    </description>
    <category>快男児</category>
    <link>http://tokusan.blog.shinobi.jp/%E5%BF%AB%E7%94%B7%E5%85%90/%E6%B2%BC%E6%B4%A5%E3%82%92%E3%81%93%E3%82%88%E3%81%AA%E3%81%8F%E6%84%9B%E3%81%97%E3%81%9F%20%E5%BF%AB%E7%94%B7%E5%85%90%E9%95%B7%E8%B0%B7%E5%B7%9D%E5%BE%B3%E4%B9%8B%E8%BC%94%E5%90%9B%E9%80%9D%E3%81%8F%E3%80%80%E6%B8%A1%E8%BE%BA%E5%88%A9%E6%98%8E</link>
    <pubDate>Wed, 06 Apr 2016 21:40:43 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">tokusan.blog.shinobi.jp://entry/105</guid>
  </item>
    <item>
    <title>読売新聞平成27年11月7日昭和時代「狂騒の宴」長谷川徳之輔証言</title>
    <description>
    <![CDATA[カジノ経済　政府も演出<br />
地価動向に詳しい元建設経済研究所常務理事の長谷川徳之輔さん(79)<br />
<a target="_blank" href="//tokusan.blog.shinobi.jp/File/DSCN0846.JPG" title=""><img src="//tokusan.blog.shinobi.jp/Img/1448772301/" alt="" /></a> ,<br />
「『バブル』という言葉は1980年代の半ばまでなかったと思う。バブルが潰れる前後になって、みんなが言い始めた。それまでは、バブルというのは禁句だった。当時もおかしいと思う人はいたが、むしろ、うまく乗ろうとした人が多かった。<br />
政府をあげてカジノ経済を演出し、誰も潰れるまで止めなかった。必ず消える資産インフレ、名目価値の上昇に過ぎないのに、それを永久に上昇すると思った虚構だった。<br />
地価高騰の原医は、中小不動産業者が金融機関の全面的な支援を受けて、投機的に土地取引を行ったことだ。それを長期間やってしまった。金融機関はリスク老知りながら無制限に融資合戦を行った。政府や日本銀行は、抑制の立場を放棄して超低金利を続け、金融機関の異常な融資を許し、バブルを拡大した。<br />
87年10月19日のブラックマンデーが起きた時、撤退する絶好のチャンスだったコだが、米国の経済危機に何とか対応しようという日本政府の姿勢もあり、金融緩利を続けてしまったのが悔やまれる」<br />
（平成27年11月7日「昭和時代・狂騒の宴」「証言」）]]>
    </description>
    <category>評論</category>
    <link>http://tokusan.blog.shinobi.jp/%E8%A9%95%E8%AB%96/%E8%AA%AD%E5%A3%B2%E6%96%B0%E8%81%9E%E5%B9%B3%E6%88%9027%E5%B9%B411%E6%9C%887%E6%97%A5%E6%98%AD%E5%92%8C%E6%99%82%E4%BB%A3%E3%80%8C%E7%8B%82%E9%A8%92%E3%81%AE%E5%AE%B4%E3%80%8D</link>
    <pubDate>Sun, 29 Nov 2015 04:45:33 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">tokusan.blog.shinobi.jp://entry/104</guid>
  </item>
    <item>
    <title>鉄道高架と財政見通し：第1章～第5章：長谷川徳之輔</title>
    <description>
    <![CDATA[<a target="_blank" href="//tokusan.blog.shinobi.jp/File/hasegawatokunosuke.jpg" title=""><img src="//tokusan.blog.shinobi.jp/Img/1406783899/" alt="" /></a> <br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　鉄道高架と財政見通し</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">ー現場と矢行きを分析する　長谷川徳之輔</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　第1章　【始まって30年、何も進まない鉄道高架事業、最大の問題は財政問題】</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　高度経済成長の負の遺産　沼津駅付近鉄道高架事業の話が生まれて、既に四半世紀を超え、30年近くもの年月が過ぎている。1985年(昭和60)頃に高度経済成長には陰が生まれていたが、地域振興には「箱もの」事業が欠かせない、として静岡駅、浜松駅に続き、両駅とは異なり新幹線駅とは無関係な沼津駅にも、南北交通の円滑化という名で鉄道高架事業が話題になってきていた。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　88年(同63)には沼津市議会に鉄道高架を推進する特別委員会が設置され、高架推進のためにと300億円の基金が積み立てられ、16万人から署名を集めたということで、高架事業推進の意義が高まり、行政にとって大きな目標となり、沼津再生の要だと期待されたが、これはまさに、「何でもあり」「それいけどんどん」の、あのバブルの時代の産物であった。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　◇</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　90年(平成2)にバブル経済は一挙に崩壊し経済社会は激変するが、その変化に注目することなく事業は進められ、2003年(同15)、鉄道高架事業は、関連する土地区画整理事業など5つの都市開発事業を含めて2000億円の事業費、20年の工期、市民一人当たり100万円という、沼津市にとって財政的には不可能な、破天荒な規模の沼津駅周辺総合整備事業として都市計画決定</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">される。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　他方、市民の間からは、無用で無駄な「箱もの」事業であり、見直しすべきだという声が高まり、住民投票を求め、あるいは市長のリコールを要求する市民運動が広がった。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　そうした市政混乱の中、06年(同18)には都市計画法により静岡県の鉄道高架事業が認可され平成34年度(2022年度)に高架化が完成するとして、形の上では鉄道高架事業の推進の制度上の体制は整った。しかし、それから10年近く経ているが、事業主体である県は事業に消極的、原地区の新賀物駅移転予定地の買収が進まず、鉄道高架本体工事には全く手が付けられていない。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　話が始まってから四半世紀余、30年近くがたっても、鉄道高架事業は全く進んではいないのだ。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　◇</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　30年全く進んでいない鉄道高架事粟経済社会の激変とともに、国民、市民の、政治、財政への視点は一層厳しくなっている。2020年の東京オリンピックの新国立競技場の建設費に国民の関心が集まり、新競技場ですら1550億円の規模を政府一体で決めるものであり、全国各地で財政上の理由から、市民が期待する「箱もの」事業ですら取りやめる動きが続いている。財政問題について国民、市民の意識が高まっていることは無視できない。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　沼津駅周辺総合整備事業の事業費は、新競技場をはるかに超える2000億円であり、人口20万足らずに過ぎない地方都市の開発事業として、その規模も内容も、どう評価されるのだろうか。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　沼津市の資料によると、現時点で、沼津駅周辺総合整備事業は総額1996億円コうち鉄道高架本体に787億円、新貨物駅等の先行用地買収などの鉄道高架関連事業が445億円で、鉄道高架のために合わせて1232億円。関連する、その他の「箱もの」事業は764億円で総額1996億円となる。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　しかし、この事業がどう進んでいるのか、現実の事業の進捗状況を見れば、都市機構が実施した駅北整備と、市による大手町地区市街地再開発によるイーラdeの「箱もの」以外、高架事業は、ほぼゼロであり、7年後の2022年に完成するという、事業認可された計画の中にあるのは虚構の数字である。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　◇</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　避けて通れない財政問題　沼津駅付近鉄道高架事業の最大の問題は、経済社会大変動の中で2000億円、工期20年、赤ちゃんから高齢者まで市民負担が1人当たり100万円という「箱もの」事業が本当に必要なのか、やる価値があるのか、沼津市の財政力からして、本当にできるのかということに尽きる。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　行政当局は最近、平成27年度から36年度まで十年間の沼津駅周辺総合整備事業の財政の見通しを公表し、市長も、県当局も、「財政は心配ない」と公言したが、冷静に見れば、行政当局による財政見通しは、鉄道高架事業の推進の根拠とは逆に、鉄道高架事業は財政的にやれないと告白したに等しい。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　◇</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　鉄道高架事業の事業認可の際、市当局により15年度(平成27年度)まで10年間の財政の見通しが作られたが、それがどうなったのか見れば財政見通しの無責任さがよく分かる。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　経済成長率は政府の「改革と展望」の数値から名目成長率の3%台への回復も見込みながら、財政規模は平成18年度の696億円から27年度(今年度)に788億円と1・13倍、年率1・2%の伸び、市税収入は350億円から431億円と1・23倍を確保できる、とし、この10年間累計の財政収入の規模を7522億円としていた。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　他方、歳出は、沼津駅周辺総合整備事業を含めて全体で7322億円、鉄道高架事業へは平成18年度の24・9億円から27年度は42・5億円に伸び、10年間の累積投資額は536億円の確保が可能だとして、これを推進の根拠にしていたようだ。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　つまり、歳出の内容は分からないが10年間の累積財政収入7522億円は、累積歳出支出の7322億円を上回るから財政に心配ないということだったようだが、その結果はどうなったのか。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　財政収入を過度に大きく予測し、歳出を縮減したところで、鉄道高架事業の見通しなど絵空事に等しかったことが明白になっている。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　その反省もなしに今回、新たな財政見通しが示されたわけだが、公表された、今年度から平成33年度(2024年度)までの10年間における沼津駅周辺総合整備事業の財政見通しについて、客観的に、冷静に分析してみたい。（以下、次号)</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　(はせがわ・とくのすけ＝沼津市出身、元建設官僚・明海大学名誉教授。東京都目黒区)</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">【沼朝平成27年9月16日(水)号】</span><br />
<br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　鉄道高架と財政見通し</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　現状と先行きを分析する　長谷川徳之輔</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　第2章　【沼津駅付近鉄道高架鉄事業の財政見通し、財政ひっ迫に直面】　財政ひっ迫の中での鉄道高架事業　この数年の沼津市の財政は、市民税の減少、市民税等の財政収入の縮小傾向が進み、逆に財政支出の増加の勢いから財政状況は悪化し、財政危機が憂慮されて、財政ひっ迫の度合いが高まっている。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　そんな中にあっても、沼津市、静岡県は沼津駅付近鉄道高架事業を実施することに財政上の問題はないとして、沼津市は、平成27(2015)年度から36(2024)年度まで10年間の鉄道高架事業の財政見通しを示している。どんな内容なのか。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　沼津駅周辺総合整備事業の6種類の公共事業は1996億円、うち鉄道高架事業が1232億円であり、平成27年度以降の残事業費が1032億円だとして、沼津市が10年間で617億円、年間平均で62億円の事業を実施することとし、このために、この試算では、財政規模が平成26年度の709億円から、10年間平均で1・09倍の773億円に増加させる。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　このための財政収入は、市民税、固定資産税の自主財源は増加が期待できず、財源は、もっぱら国・県の交付金や補助金に依存し、自らの負担分も大半が借入金、借金に頼らざるを得ないとしている。もともと無責任な、あてにはならない他人依存の財政なのだ。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　◇</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　圧迫される福祉、市民生活他方、財政規模が1・09倍に拡大するにせよ、財政支出では、毎年度62億円の鉄道高架事業を計上することから、他の予算は縮減せざるを得ず、民生費は平成26年度の247億円から194億円と20%を超える減少が予想され、普通建設事業は106億円から96億円と10%の減少、教育費も同様に減少し、公債費だけが68億円から83億円に22%増加するほかは、すべての予算に減少が迫られるという極めて厳しい超緊縮予算になっている。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　このために、福祉、教育、普通建設事業などの支出は極限まで縮小され、切り捨てられかねない。消防、教員の人員は減少、福祉施設の雇用もままならず、行政サービスの低下は避けられない。人口減少、少子高齢化が進む中で、福祉の充実が求められても、民生費は、20%を超える減少を迫られることになるが、それは不可能だし、現実性に欠けている予算であり、このままでは、福祉、教育も鉄道高架事業の犠牲になり、市民生活の劣化は必至だと思わざるを得ない。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　◇</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　次世代に回される負債さらに、問題は、借入金の増加により、沼津市の負債が大きく増大することであり、平成26(2014)年度に既存の市債残高は1274億円、市民一人当たりで62・7万円が、10年後の平成36(2023)年度には一般会計で269億円の負債が増加し、特別会計まで含めると、債務残高は、1700億円を超えて、市民一人当たりの負債額は88万円にも膨れ上がる。先行きの人口減少を見れば、市民一人当たりの負債は100万円にもなろう。この負債を鉄道高架事業に責任のない次の世代が負担させられることになるのだ。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　◇</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　鉄道高架事業に財政上の心配がないとは、とても言えない。鉄道高架事業をこの財政見通しにより実施するなら、財政も、市民生活も極めて厳しい状況に陥ることになるであろう。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　鉄道高架事業の財政は6種類の事業が重なり、事業主体も、静岡県、沼津市、公団、JRと分かれ、国、県、市、JRの財政負担が複雑に絡み合い、財政の全体像がなかなか把握しがたいが、ここでは、鉄道高架事業が始まった20数年前から今日までの沼津市の財政の推移を見ながら、それとの比較をし、今の財政事情から、今後10年間の鉄道高架事業の財源がどう位置付けられるのかを比べ、財政問題への理解をさらに深めることにしたい。(以下、次号)</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">【沼朝平成27年9月17日(木)号】</span><br />
<br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　鉄道高架と財政見通し</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　現状と先行きを分析する　長谷川徳之輔</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　第3章【この20年の沼津市の財政、拡大から縮小へ、財政困難に直面】　財政ひっ迫の度合いが増す財政の現状鉄道高架事業が始まった20数年前から現在まで、沼津市の財政がどのように進んできたのか、次の表で全体を見てみたい。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;"><a target="_blank" href="//tokusan.blog.shinobi.jp/File/be7f5d97.jpeg" title=""><span style="color: #000000;"><img src="//tokusan.blog.shinobi.jp/Img/1442524877/" alt="" /></span></a> </span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　財政全体の変化から鉄道高架事業との関連を考察し平成27年度以降の財政の見通しと鉄道高架事業がどう関連するのか数字を追ってみた。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　鉄道高架事業の計画が策定された平成9(1997)年度頃から平成26(2014)年度までの17年間で、財政規模は642億円から709億円と1・1倍に増加しているが、ピークは平成19(2007)年度の730億円であり、この間に1・14倍に増加している。それ以降は、財政状況が変わって減少傾向に向かい、730億円から709億円と0・97倍、3%の縮小に転じ、財政のひっ迫ぶりを物語っている。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　この間の財政の内訳を見ると、大きな流れは、民生費(福祉などに支出される費用)が118億円から247億円へ2・1倍と倍増しているが、土木費は168億円から106億円に0・63倍、教育費は69億円から60億円へ0・87倍などと他の予算は縮減を迫られており、予算がモノから人へ向かっていることが分かる。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　さらに、平成19(2007)年度以降は、自主財源が落ち込み、財政収入が減少するが、逆に財政支出は増加するので、財政規模は全体に縮小の傾向が強まり、財政ひっ迫の度合いがより強まっている。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　◇</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　第4章【これからの10年間、現実性に欠ける鉄道高架事業の財政状況】.　財政規模773億円、1・09倍に、しかし、福祉は滅　このような財政ひっ迫の最中にかかわらず、鉄道高架事業の財政見通しでは、この間に沼津市が実施する鉄道高架事業は617億円で、年度平均62億円であり、これを支出するために沼津市の財政規模は10年間に7730億円、年度平均で773億円と平成26年度の709億円の1・09倍の規模の拡大が必要だとしている。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　しかし、財政規模が1・09倍に増えるにせよ、新規に鉄道高架事業の62億円を計上するために、他の予算は縮小せざるを得ず、民生費は247億円から194億円と0・79倍で、20%もの縮小を迫られる。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　普通建設事業費は116億円から159億円と1・37倍に増加するが、鉄道高架事業62億円を除くと96億円と0・9倍に減少する。教育費も同様、ピーク時の95億円から大幅に減少するであろう。ただ、借金の付け払いの公債費だけが77億円から83億円と1・08倍に増加する。鉄道高架事業だけが、超優先的に扱われる財政見通しである。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　◇</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　この財政によっては、福祉、教育、普通公共事業などの支出は軒並み極限まで縮小され、教育、福祉は切り捨てされかねない。人件費、給与は10年間変わらず、職員の削減で対応するしかない。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　行政サービスの低下は必至で、消防、教員の人員の減少、福祉施設での雇用もままならない。橋梁、学校等の公共施設も高度経済成長時代に積み上がったストックが建て替えの時期を迎えており、維持修繕費の重圧が避けられない中で、建物の維持修繕も賄えない。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　とりわけ、沼津市の人口は、2010年に20・2万人であったものが2030年には16・7万人と0・83倍にも減少すると見込まれる中、少子高齢化が進むにかかわらず、市民ニーズが最も高い扶助、助成の福祉、民生費は過去10数年では2倍以上に増加していたものを、先行き20%以上縮減するなど、とても不可能であり、現実性に欠けている予算と思わざるを得ない。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　◇</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　自主財源は伸びず、すべて他人依存　一方、肝心の歳入では、人口減少、経済低迷の中で、市民税、固定資産税の自主財源は、平成27年度までの財政見通しで示していたような、市民税が1・3倍に、財政収入は1・25倍に増えるなど、とても言えず、356億円からやっと367億円と、ほぼ横ばいだとして、増加は、とても期待できないとしている。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　773億円の財政規模を確保するのに、他人の財源頼りであり、国の交付金が59億円から85億円へ1・44倍に、国と県の負担金、補助金が153億円から178億円へ1・16倍に、公債の発行が61億円から91億円へ1・5の増加を期待せざるを得ない。これは、沼津市が期待しているだけの話で、確約されたわけでも、計画されているわけでもない。増加するどころか減少だってしかねない。</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　人口減少、企業の撤退、地価の低迷で、市民税も、固定資産税も、増加は期待できず、自由になる自主財源は極めて乏しい。773億円の財政規模を維持するには、すべて国・県への財政依存の強化と多額の公債の発行によることになる。財政改革の途上にある国・県の負担、補助は確約されたものではなく、およそ当てにはならない、折角の財政見通しも所詮は絵に描いた餅に過ぎないのだ。(以下、次号)</span><br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">【沼朝平成27年9月18日(金)号】</span><br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">鉄道高架と財政見通し</span><br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">　現状と先行きを分析する　長谷川徳之輔</span><br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">　第5章【次の世代への負債の理不尽なつけ回し】　財政見通しは単なる期待値、膨れ上がる負債　ことは、これで終わるわけではない。鉄道高架が完成したとしても、それから先に、沼津市が再生するのか、沼津市の財政はどうなるのか、肝心なことは、沼津市は鉄道高架の完成により、計画通り人口は増加し、経済は再興し、財政は好転して、復権するかどうかであるが、その先行きは不透明であり、誰にもわからない。</span><br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">　第2章でも説明したように、鉄道高架事業の財源は、沼津市の自主財源ではなく、その大半が国と県の補助金」交付金によるものであり、沼津市の資金も市民税、固定資産税の税収ではなく、大半が借入金、借金で担保されているもので、これから返済しなければならない財源なのだ。国・県の補助、交付金も、確約されたものではなく、沼津市が期待しているに過ぎない。鉄道高架事業が財政見通しの通りに進む保証は全くない。</span><br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">　さらに問題なのは、沼津市が抱える借入金、借金がどうなるかである。市の試算では、平成26年度に既存の市の負債残高は、すでに1274億円、市民一人当たりの負債額は、62・7万円、うち一般会計で701億円、一人当たり34・5万円これに、10年間の借入金が積み重なり、平成36年度には、一般会計の債務残高は969億円になり、268億円の負債が増加することになる。</span><br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">　特別会計まで含めると、平成36年度の負債残高は、1700億円を超え、一人当たりで88万円、減少する人口で計ると優に一人当たり100万円を超え、自主財源の4倍、5倍という計算になる。</span><br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">　この負債を、人口が減少し、経済が低迷する時代に、次の世代の子ども、孫が負担し続けるという、実に理不尽の結果になるのである。</span><br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">　ちなみに、市民一人当たりの負債額を、沼津周辺の自治体で比較すると、三島市33万円、富士市29万円、長泉町10万円であり、沼津市の負債が際立って大きく、借金地獄であり、これらの自治体が沼津市からの付け回しを嫌い、沼津市への合併も、協力もせず、忌避する理由がよく理解できる。</span><br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">　◇</span><br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">　やみくもな実施、悲劇的な事態に　沼津市・静岡県は、このような財政見通しでも、鉄道高架事業は財政的に心配ないというが、本当にそう思っているのだろうか、この数字を見ると、やみくもに鉄道高架事業を実施することは、将来の財政にも、市民生活にも、取り返しがつかない悲劇的な結果を生みかねないと言わざるを得ない。市民は鉄道高架事業を実施するために、それ以外の予算はゼロどころかマイナスすらも覚悟しなければならない。行政サービスは極度に落ち込み、福祉、教育などの市民生活は劣化の一途をたどり、あまつさえ、その負担、付けが鉄道高架に責任のない次の世代に回されるという、実に理不尽な結果をもたらすのである。</span><br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">　◇</span><br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">　政治、行政のリーダーは本音を語れ　この沼津市自身が作った財政見通しによって判断する時、沼津市の財政は健全であり、鉄道高架事業は財政面からも心配ないと、本当に言えるのだろうか。静岡県知事、沼津市長、国会議員、県会議員、市会議員の責任ある立場にいる政治、行政のリーダー達は、2000億円、20年、市民一人あたり100万円の鉄道高架事業が、沼津の再生のために、ぜひとも実施すべき公共事業であり、財政的にも問題はなく、市民生活を向上させる事業であり、責任もって実行できると、心底、そう思っているのだろうか。</span><br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">　それとも、これまでの政治行政の流れに拘泥した呪縛、しがらみや立場から、そう思っていると言わざるを得ないのか。政治家、リーダーとして、明確な責任のある答えを示してもらいたいものである。それが行政、政治にある者の責任ではないのか。</span><br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">　誰が見ても、沼津駅鉄道高架事業は終焉の時期を迎えているのだ。</span><br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">　そもそも、財政計画の初年度である平成27年度の予算からして、財政見通しとは全く編成が異なり、財政規模が増えることはなく、鉄道高架事業の姿は現れていない、財政見通しとは似ても似つかない予算なのだ。</span><br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">　平成28年度以降の予算編成が計画通り進む保証は全くない。沼津市、静岡県が、実行可能として公表している沼津駅周辺鉄道高架事業の財政見通しは、全くの虚構であり、ごまかしである。(おわり)</span><br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">(はせがわ・とくのすけ＝沼津市出身。元建設官僚、明海大学名誉教授。東京都目黒区)</span><br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">【沼朝平成27年9月19日(土)号】</span>]]>
    </description>
    <category>徳之輔の意見</category>
    <link>http://tokusan.blog.shinobi.jp/%E5%BE%B3%E4%B9%8B%E8%BC%94%E3%81%AE%E6%84%8F%E8%A6%8B/%E9%89%84%E9%81%93%E9%AB%98%E6%9E%B6%E3%81%A8%E8%B2%A1%E6%94%BF%E8%A6%8B%E9%80%9A%E3%81%97%EF%BC%9A%E7%AC%AC1%E7%AB%A0%EF%BD%9E%E7%AC%AC4%E7%AB%A0%EF%BC%9A%E9%95%B7%E8%B0%B7%E5%B7%9D%E5%BE%B3%E4%B9%8B%E8%BC%94</link>
    <pubDate>Fri, 18 Sep 2015 20:01:10 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">tokusan.blog.shinobi.jp://entry/103</guid>
  </item>
    <item>
    <title>故郷沼津を巡る初夢と正夢</title>
    <description>
    <![CDATA[<a target="_blank" href="//tokusan.blog.shinobi.jp/File/hasegawatokunosuke.jpg" title=""><img src="//tokusan.blog.shinobi.jp/Img/1406783899/" alt="" /></a> <br />
<span style="color: #000000; font-size: large;"><strong>沼津も新しい問題、古墳の維持か道路整備か、古くして新しい問題、経済優先か歴史文化の優先か、市民の声も盛り上がっているようです、この問題、古墳という限られた論議でなく、沼津が抱える都市問題を広く論議する機会にしてほしいですね、この正月に、暇に任せて書きましたエッセイ、故郷沼津を巡る初夢と正夢、本物の伊豆駿河環状道路、サークルラインを、韮山反射炉世界遺産へ、伊豆駿河の歴史、文化の広がりを、江川担庵と江原素六、芙蓉愛鷹高校と芙蓉龍城高校のこと、駄文ですが、沼津の識者に読んでもらいたく、お送りしました。<br />
</strong></span><br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">故郷沼津を巡る初夢と正夢</span><br />
<br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">　　大晦日の放談会</span><br />
<br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">暮れの大みそかの高校同級生の喜寿の男たちの忘年会、高校生の時代に戻って、日本や故郷の来し方行く末を語り合おうという集まりで、もう30数年続いているが今年も20数人の仲間が、象山のふもとのさる料理旅館に集まって例年通り開かれた。ちょうど宿の近くに静岡県の道路工事が行われており、宿への道もわからず、行き着かない不便さもあって、一体沼津の街づくりはどうなっているのだという話題も出て、高校生の時代に戻って来し方行く末を語り合う無礼講の宴席が始まった。</span><br />
<br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">喜寿の歳の同級生、思い返してみると、沼津の空襲の時は小学生、沼津駅からツートンカラーの湘南電車が走り始めた頃が中学生、原と沼津が合併した時が高校生、狩野川台風の大嵐の時が大学生、駿河湾コンビナート騒動の時は、就職し、世の中に出て、高度経済成長の戦士として未来を信じて働いていたのだ、それから高度経済成長が継続する20数年、石油危機や列島改造の失策で一時頓挫しかけたことがあったが、1980年代の後半のバブル景気を謳歌して、やがてバブルが崩壊して日本の経済社会が暗転し、失われた20年になる前に、引退してしまう、戦後の経済成長の恩恵をフルに受けている幸運な世代である。給与は平均でも初任給と退職時の給与を比べれば、100倍になっているだろう。平成時代の世ではとても想像すらできないだろう。その世代が見てきた故郷沼津の来し方行く末である。</span><br />
<br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">この世代には、子供のころは飢餓すら知る貧しい時代はあったものの、経済成長の過程では何時でも先が開ける、今より未来がいいという思いをしてきたのだ。だから、常に昔はよかったということで、今をなんだと否定しがちである。故郷沼津の姿にも繁栄に輝いていた時代を思い返し、人口が減少し、商工業が停滞し、繁栄が失われていくことに困惑し、自分たちの時代がよかった、回帰したいと願っている、そういう愚痴が聞かされて、もう10年にもなる、今年も沼津の停滞、衰退、混迷を危惧する声が耐えなかった。このところ三島や周辺都市の隆盛さがテレビにも新聞にも報道されるのに、沼津は衰退する地方都市という扱いしか見当たらないという苦情も聴かされる。たまたま宿のちかくの静浦バイパスが話題になったので、故郷沼津の今の情勢、不安と危惧の念について、思うところを分析し、沼津復権の道を正月の夢として語ってみたいのである。まず、話題の静浦バイパスである。</span><br />
<br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">本物の伊豆駿河湾環状道路、サークルラインを</span><br />
<br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">国道414号線、静岡県が管理する沼津市大岡と下田市の間を結ぶ７９キロの国道で、駅北から南下して三つ目ガード、みその橋、市役所、八間通り、静浦、三津へ向かう沼津市の南北軸を形成する幹線道路、伊豆へ向かう観光道路でもあり、道幅の狭い三津あたりでは慢性的に渋滞が発生して、解決が急がれている。このため、静岡県が島郷から口野に向かう静浦バイパスを整備しようとしているが、平成6年着工されて以来20年近くも過ぎているのに、象山を通過するトンネルすらまだ姿を現さず、海岸線の混雑は一向に解決せず、414号線の立ち遅れが沼津の衰退の一因でもある。この静浦バイパスは、下香貫東郷から伊豆中央道路長岡インターへの7.9キロの4車線、幅27メートルの高規格道路で、総事業費は500億円が予定され、そのうち第1期工事として、大平地区までの2.5キロ、150億円の事業が進められてはいるが、年間1億円程度の工事費では、20年経っても半分もできていない。ましてや、大平地区から伊豆の国市口野に向かう残りの5.4キロの区間の整備のめどは全く立っていないという。</span><br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">　</span><br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">他方、東駿河湾環状道路は、総延長22.8キロの内、東名高速沼津インターから長泉、裾野、三島市、函南へ至る15キロの区間が完成し、日2万台近い交通量で、この道路の完成が地域構造を大きく変えようとしている。沼津駅周辺のガードを通過する交通も目だって減ったという。この幹線道路は、環状道路という名のように三島・沼津周辺の5市町を大きく取り囲む環状サークルの形態になるものだが、沼津インターからの西の原地区に向かう7.9キロの区間の整備の見通しは立っていない、何事にも西側の街づくりは、立ち遅れて、東と西の格差は広がる一方である。この東駿河湾環状道路は将来的には伊豆縦貫高速道路につながり、伊豆全体の発展に寄与するものであり、本来国土開発縦貫道路として位置づけが必要であるが、暫定的に国道1号線のバイパスとして位置づけられて、国土交通省が直轄事業として整備しているものであり、環状道路という名前であっても、力が東に向かうのは仕方がないことで、高架の高速道路の下の側道は、三島から伊豆に向かう国道136号線のバイパスでもあり、その先は静岡県道路公社が事業費111億円で整備した修善寺道路4.8キロの有料道路につながり、伊豆縦貫高速道路を形成していくことになる。東名高速道路の沼津インター、東海道新幹線の三島駅を起点とする高規格の環状道路のインフラの整備が、この地域のこれからの中心機能を形成していくことに間違いなかろう。</span><br />
<br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">本来は沼津、三島、清水、長泉、函南の5自治体は、面積350㎢、人口42万人の都市として一体的な都市機能を発揮して、それにふさわしい都市計画があってしかるべきであるが、都市計画の名称は東駿河湾都市計画と言われながら、沼津市が2000億円、20年の資金と時間がかかる無意味な沼津駅鉄道高架事業に呪縛されて、本来やるべき事業をやれずに、時間と資金を無駄に浪費してきた付けが回って、5市町の環状道路の形成もほど遠く、沼津が地域の発展から見捨てられ、周辺市町から軽視されて、合併も一体化もやれない状況に追い込まれてしまったのだと思う。このまま衰退を重ねていいのだろうか。</span><br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">　地域の自治体のリーダーとして、もう一度この地域の一体化、中心性を取り戻す努力をしなければなるまい。このため、先の414号線静浦バイパスの整備を、5市町の南の環状道路形成の手段として位置付けることはできないものなのか、事業主体や道路の管理は別々でも、国道1号線の東駿河湾環状道路、国道136号線の修善寺道路、それに、国道414号線の静浦バイパスの路線の全長30キロ余りを一体的、円滑に結び付けて、環状形態の道路網として位置付けることである。一向に進まない静浦バイパスに集中的に投資して、早く伊豆縦貫道の一部の修善寺道路に結びつけて、環状形態としての道路として整備する。回遊は東名沼津インターから始まって、時計回りで国道1号の東駿河湾環状道路を通り、国道136号の修善寺道路まで南下して、それから国道414号の静浦バイパスに入り、象山トンネルを通り、八間道路を北上して沼津インターに至る30数キロの路線を、伊豆駿河サークルライン、あるいは芙蓉伊豆駿河サークルラインなどの新しい名称で、5市町の基軸の環状道路として扱うことである</span><br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">　</span><br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">このサークルラインは5市町の連結を強めるだけでなく、観光道路、ドライブ道路としても、何処からも富士山が見え、伊豆箱根の峰、狩野川、駿河湾の海・山・川が展望され、沿線の温泉、グルメ、沼津アルプスや海上スポーツが楽しめる絶好の観光ルートになり、多くの観光客を集めることに寄与しよう、伊豆長岡温泉は、沼津からも２，３０分の郊外の距離、駿河湾と一体になった短期滞在型のリゾート地になることも期待できよう。</span><br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">　5市町の合併なり行政の一体化が難しくても、観光や商工業、国際交流や文化活動では、それぞれの地域の単位、組織ではなく、一体とした民間組織を整備して、5市町の恵まれた観光資源を全国に、全世界に発信したらどうなのか、富士山、箱根、伊豆の国立公園の真っただ中に位置し、海、山、川に恵まれ、東京に近接したこの地が、外国人観光旅客者の関心を高めて、国際的なリゾートになることも夢ではあるまい。このためには、沼津駅鉄道高架という古い呪縛から覚めて、小さな地域利害を捨て去ることが必要だと思うが、沼津市民はどう考えるだろうか。</span><br />
<br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">　歴史、文化のひろがりを</span><br />
<br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">何事にも恵まれた伊豆駿河のこの地域は、日本列島の中心にあり、歴史的、文化的な資産にも恵まれているのであり、市民が故郷への誇りや自信を取り戻すためにも、この地域の歴史、文化資産を掘り起こすことも大切だと思う。伊豆の国市が韮山反射炉を、日本の産業、科学技術の源点だとして世界遺産の登録しようと運動を続けていると聞く、同時に韮山反射炉を作り、軍事や産業育成の祖となった江川太郎左衛門、江川坦庵を歴史上の人物として売り出したいということの様である。この地域には、伊豆駿河の地として、源頼朝、北条早雲から始まって、日本の国づくりの舞台になった数々の歴史がある。江川坦庵もその一員であり、彼をして、韮山反射炉のみならず、幕末維新の歴史を語らせる価値は十分にある。さらに、幕末維新の歴史には、この地域全体として世に語らせる話が沢山あると思う。ＮＨＫの大河ドラマでは、幕末維新の人気が高く、一昨年は会津を舞台にした「八重の桜」が、今年は長州萩を舞台にした「花燃ゆ」が放映されることになる、この地域にはそれに匹敵する歴史文化が語られてよい。韮山反射炉も江川坦庵もその一環である。</span><br />
<br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">幕末維新を1853年嘉永6年のペルリの砲艦外交から始まり1868年の徳川幕府崩壊、明治開国までの話でなく、もう少し長く19世紀を通して捉えてみよう。江川坦庵はペルリの来航以前の人物であり、兵学者、軍事指導者で、西洋事情や西洋の技術、軍事に精通して、金属を溶かして大砲を鋳造する技術で韮山反射炉を作り、東京湾のお台場の28門の西洋式大砲を作って外国の侵略に備えようとした人物であり、維新のために多くの人材を育成し、技術を開発した、「花燃ゆ」の吉田松陰にも匹敵する人材ということが出来よう。</span><br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">幕末維新は多くの人材の群雄劇であるが、その先駆けの偉人にもう一人、江川坦庵の次に、同じ幕府の下級役人の江原素六（1842～1922）がいる、1842年生まれ、幕臣として洋学や軍事の教授、戊申戦争を戦い、1868年の徳川幕府が崩壊して70万石で駿河の地に転封した時に、沼津兵学校の創立や旧幕臣の子弟の教育に力を注ぎ、維新の力になる多くの人材の育成、さらに愛鷹山麓の開発でこの地の産業を育てるなど、さらに自由民権運動の指導者でもあり、第一回帝国議会の衆議院議員、政友会の政治家を務め、クリスチャン、教育者として、名門の麻布学園を作り、1922年大正11年90歳で亡くなるまで明治維新の成長に大きく寄与した人材、沼津の愛鷹に墓所があり、明治記念館も置かれている。今でも麻布学園の入学者はそろって、沼津を訪れて、愛鷹の地で、江原素六の薫陶を受けるのだという。</span><br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">江原素六の作った沼津兵学校、名前は、徳川藩の軍事の教育の場であるが、軍事のみならず、西洋の科学技術、政治、経済を教え、伝える教育機関であったが、ごく短期間しか存在していない、他藩からの人材も集めて、明治新政府の軍学校や人文科学の教育機関に成長し、維新の大きな礎となっていくのである。その沼津兵学校に沼津の豪農の子弟の井口省吾（1855～1925）が学び、軍人になって日露戦争時の児玉源太郎の参謀として勝利に寄与し、薩摩長州ではない農民の子が陸軍大将にもなったとして、偉大な明治の人材の一人に数えられる。井口省吾に限らず沼津兵学校には数多くの有力な明治維新の人材を輩出しており、維新の群雄像を見ることが出来る。江川坦庵から荏原素六を経て、井口省吾へ繋がる幕末維新の歴史文化を司馬遼太郎に書いてもらいたい、叶わないが、是非とも浅田次郎なりの筆で、駿河伊豆の幕末維新の歴史小説を書いてもらいたいものである。それからＮＨＫの明治維新の底力となった人材の大型歴史ドラマにしてもらいたいものである。</span><br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">　</span><br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">　芙蓉愛鷹高等学校と芙蓉龍城高等学校を</span><br />
<br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">この江川坦庵、江原素六、井口省吾の歴史の伝統、文化を今に継承するのが、旧制沼津中学、今の沼津東高であり、旧制韮山中学、今の韮山高校である。二つは、歴史と伝統に満ちた静岡県内の進学校であり、ライバル関係を自負している。韮山中学は、1873年、明治6年に江川邸に創立された県内最古の公立高校であり、147年もの歴史、江川坦庵の承継から龍城の名を持っている。沼津東高は1901年創立の静岡県の御三家と言われた沼津中学の継承校、香陵という愛称だが、香陵はかって校舎のあった沼津の香貫山のことであり、正確には今は愛鷹が正しい、いずれにしても沼津兵学校、さらに江原素六の後継者を自任して、麻布学園に匹敵する高等学校という自負を持ってもよかろう。</span><br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">この二つの県立高校、この地域の一体化、歴史、伝統を数えるために、名称，高校名を変えたらいい、北部にある沼津東高は、芙蓉愛鷹高校に、南部にある韮山高校は、芙蓉龍城高校にして、事実上の一体的な教育機能、共有の体育館、運動場、水泳場などの施設を整備し、同じカリキュラムを持ち、体育芸術はどちらで受けてもよく、年中行事も一体となるような教育機関であり、卒業生の連携を強め、ＯＢ意識を持ち、夏の甲子園へは愛鷹龍城と一体としたチームで当たるというような存在になってもいいのではないだろうか。駿河伊豆の狭い地域のなかで一体としての都市機能を持ちながら、共通の自治体組織も市民意識も持たずに、旧態依然としたばらばらの小さな市町に不満も、問題意識も持たずに、ただ自己の損得利害に拘泥している行政の姿勢や政治情勢、時代の変革を直視して、広く、大きな視点で考えることが出来ない沼津駅鉄道高架事業の体たらくを見るとき、せめて合併の機運を高めるために、この地域の新名称を芙蓉市にしたらという提案をしたことがあるが、それを進めるためにも、暮れ大晦日の、仲間との七喧会の集まりで、仲間たちが思っていることを、具体的に整理しようと思って、2015年の初夢として描き始めたが、こんなレポートになってしまったのである。もちろん、この論は、仲間を代表する見解ではなく、筆者の個人的な評論として描いたものである。</span><br />
<br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">　　2015年1月4日　　長谷川　徳之輔（明海大学名誉教授）</span><br />
<br />
]]>
    </description>
    <category>徳之輔の意見</category>
    <link>http://tokusan.blog.shinobi.jp/%E5%BE%B3%E4%B9%8B%E8%BC%94%E3%81%AE%E6%84%8F%E8%A6%8B/%E6%95%85%E9%83%B7%E6%B2%BC%E6%B4%A5%E3%82%92%E5%B7%A1%E3%82%8B%E5%88%9D%E5%A4%A2%E3%81%A8%E6%AD%A3%E5%A4%A2</link>
    <pubDate>Tue, 16 Jun 2015 01:20:26 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">tokusan.blog.shinobi.jp://entry/102</guid>
  </item>
    <item>
    <title>長谷川名誉教授の講演　渡辺利明</title>
    <description>
    <![CDATA[<span style="font-size: large;">長谷川名誉教授の講演　渡辺利明</span><br />
<span style="font-size: large;">　長谷川徳之輔・明海大学名誉教授は、四小、四中、東高を卒業。昭和三十四年に東北大から建設省に入省、国の建設行政の中核に身を置き、戦後経済、社会資本のあるべき姿などを研究し、六〇年代の不動産を中心としたバブル経済の進行に対し、いち早く警鐘を鳴らし、当時はNHKや民放番組に解脱者として連日駆り出されていた。</span><br />
<span style="font-size: large;">　バブルに手を貸した不動産業、ノンバンク、金融機関の経営姿勢を厳しく糾弾する彼とは、当時銀行に席を置いた私は、よく議論を交わした。しかし、その後の事態の推移を見れば、北海道拓殖銀行、日本長期信用銀行の倒産など激変が続き、我が国経済は「失われた二十年」と冒われる経済の低迷を受けて現在に至っている。</span><br />
<span style="font-size: large;">　最近、ようやく全国レベルで問題化しつつある「地方の衰退化問題」について、彼は生まれ故郷沼津の鉄道高架事業を具体的事象として取り上げ平成二十年、『衰退し続ける地方都市再生の道をさぐる』を出版したが、これより以前から、建設経済にかかる豊富な体験かち沼津駅付近鉄道高架事業の抱える問題点を鋭く指摘していた。これまで何回となく川勝平太知事、栗原裕康市長、地域有力者らに問題提起してきたが、中央官庁に長く携わってきた彼にすれば、この事業はバブル期に企図されたもので、これに固執していることが沼津衰退の一因と捉えている。知事、市長に、この事業の基本的問題を直視するよう提言してきたが、何の反応もないという。</span><br />
<span style="font-size: large;">　また、高校、建設省の後輩である櫻田光雄氏、斎藤衛氏が、かつて市長の座を争い、長谷川名誉教授は二人の先輩の立場から、「この間題について市民のために、どうすれば良いのか」建設のプ回として十分話し合うよう求めたが、二人とも聞く耳を持たなかった。また二人が、この問題に深く関わって来たのに、何の発言も、弁解もしていないことに失望しているという。</span><br />
<span style="font-size: large;">　知事は難航する原地区への貨物駅移転を前提に,鉄道高架事業実施の腹を固めたようだが、移転用地の確保には、これから何年掛かるか分からない。ましてや高架事業の完成までには十五年から二十年、あるいは何十年先のことになるのかも知れない。</span><br />
<span style="font-size: large;">　長谷川名誉教授は、事業目的であった沼津駅の南北交通渋滞は既に解消されているのだから、として現在の不便な状態を解消するために沼津駅に自由通路、さらに、これを幅約一〇〇㍍ぐらいに拡大して八千平万㍍程の空中空間の建設を提唱している。これなら人やベビーカー、車椅子、自転車などが自由に南北を通行できるようになり、問題は一挙に解決するという。この空中空間の上に他に何を設けるかは検討しなければならないが、空中空間そのものは三十億円程度で出来るだろうとし、鉄道高架事業と異なり短期、ローコストの建設が可能だという。</span><br />
<span style="font-size: large;">　実は、この提案は(昨年のPI委員会でも取り上げられたものだが、十四日の講演では、この問題を中心に脱明したいという。</span><br />
<span style="font-size: large;">　講演では、沼津市、三島市、長泉町、清水町、函南町は、人の交流、経済活動などで一つの地域として形成されており、この観点からの取り組みが必要であることを指摘したいといい、具体的なデータなどを墓に、沼津が現在の低迷から脱する処方箋が示されると思う。</span><br />
<span style="font-size: large;">　十四日の講演には、沼津の未来に関心を寄せる多数の方々の来場をお願いする次第です。聴講は無料です。</span><br />
<span style="font-size: large;">　時間は午後七時から八時四十分。会場は市立図書館四階の視聴覚ホール。(下石田）</span><br />
<span style="font-size: large;">（沼朝平成26年11月12日「言いたいほうだい」）</span>]]>
    </description>
    <category>紹介</category>
    <link>http://tokusan.blog.shinobi.jp/%E7%B4%B9%E4%BB%8B/%E9%95%B7%E8%B0%B7%E5%B7%9D%E5%90%8D%E8%AA%89%E6%95%99%E6%8E%88%E3%81%AE%E8%AC%9B%E6%BC%94%E3%80%80%E6%B8%A1%E8%BE%BA%E5%88%A9%E6%98%8E</link>
    <pubDate>Wed, 12 Nov 2014 03:10:52 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">tokusan.blog.shinobi.jp://entry/101</guid>
  </item>
    <item>
    <title>徳之輔エッセイ：日本と中国、外国をどういう文字で表現するか</title>
    <description>
    <![CDATA[<span style="font-size: large;">日本と中国、外国をどういう文字で表現するか<br />
<a target="_blank" href="//tokusan.blog.shinobi.jp/File/hasegawatokunosuke.jpg" title=""><img src="//tokusan.blog.shinobi.jp/Img/1406783899/" alt="" /></a> </span><br />
<br />
<span style="font-size: large;">&nbsp; このところ、歴史問題を中心に日本と中国の関係がギクシャクしている。「同文同種、同族同州」とか言われる同じ文化、文明を共有すると思われる二つの国の間には、経済、通商のように合理的に解決できる問題ばかりでなく、簡単に片づけられない心情的、政治的に相克する文化、歴史の問題が横たわっている。尖閣列島をめぐる領土、領海争いにも、それが顕著に表れている。黄帝以来4千年の歴史を持つ中国は、中華思想を根底にする覇権国家であり、黄河流域の中原に統一国家が成立して以来、まさに中華、文明国として天下、世界の中心だと自負し、周囲からもそう意識されてきた。周辺諸国は、東夷、北秋、南蛮、西戌と禽獣の名で侮蔑される非文明国で、中華の下にある属国、朝貢国であったのだ。東の夷と言われる日本が国家として成立したのは、たかだか千3百年前の7世紀のこと、中国では、階、唐の世で、文化練乱の時代であった。確かに日本の文字、芸術、宗教などの文化、政治体制はすべて中国からの輸入品であり、長い間に換骨奪胎して、独自の文明を作り上げたというが、漢籍、漢語は、日本人の政治、文化、学術の基礎であり、誰もが孔子、孟子を学び、李白、杜甫を唄い、中華文化を畏敬してきた。</span><br />
<br />
<span style="font-size: large;">&nbsp;日本、中国が国際化の波にさらされたのは、19世紀半ば、欧州諸国の帝国主義の膨張によってであり、砲艦外交で中華主義、鎖国体制が失われ、欧米流の国際社会に組み入れられた時である。ただ、欧米の帝国主義の圧力の中で国際化をどう進すめたかが、その後の中国と日本の格差をもたらしたのである。日本は1868年に明治維新により開国し、近代化に踏み切った。中華思想を背景に近代化、国際化が遅れる中国を反面教師にして、鎖国から開国に向かい、富国強兵の道を歩み、脱亜入欧を図り、20世紀前半には経済的テイクオフを遂げることができた。他方、中国の近代は苦難の歴史である。1840年のアヘン戦争以来百数十年、中国は欧米帝国主義の圧力で、アロー号事件、清仏戦争、日清戦争、義和団事件、英国の香港、ロシアの遼東半島、ドイツの青島などの植民地の争奪や国内の軍閥の割拠、内戦など外憂内患の苦しみを味わってきた。20世紀後半、やっと中華人民共和国が成立した後でも、朝鮮戦争、中ソ対立、毛沢東の大躍進の失敗、文化大革命の混乱が続き、共産主義の崩壊の後に、天安門事件を経てやっと今の状況に達する。近代化に道に実に200年余りを要したことになる。中国の人たちは、この200年の苦難の歩みの後、今、苦難の連続だった国力、経済も日本を追い越して、やっと世界第2位の経済大国になったと、中華の自信を取り戻しているのではないのだろうか。日本への見方も、東夷として見下していた後輩国に立ち遅れ、経済的、国際的に後塵を拝していたときの劣等感、敗北感を脱して、ようやく優越感を回復する時代になったという気持ちがあるのだろう。良かれ悪しかれ中華意識の復権である。だから、余計に歴史問題を持ち出すのかもしれない。</span><br />
<br />
<span style="font-size: large;">&nbsp;中華思想から中国が国際社会を見る目は、周辺の外国を東夷、北秋、南蛮、西戌と禽獣の名を使っていたように、各国を歴史的にどのような文字で表現したかでも理解できる。日本は、魏志倭人伝で言われるように東の夷の倭国であった。北の秋の国は勾奴、鮮卑、女真などで奴の国、西の戌の国チベットは吐蛮、南の蛮の国インドは身毒と表現されていた。いずれも国家として誉めた文字ではなく、非文明の国だと貶めた文字である。しかし、微妙な中華意識も垣間見られる、欧米諸国の呼称には、別の表現がある。イギリスは英国、アメリカは美国、フランスは法国、ドイツは徳国、イタリアは義国であり、この言葉、文字にも、欧米文化への畏怖、畏敬の念が感じられる。日本は倭国で、禽獣ではなく、まだ人偏の文字であるだけ準文明国視されていたのかもしれない。同じ欧米諸国でも、ロシアは、日本と同じ人偏の文字の俄国と表現されるようだが、中国から見れば、ロシアは文明が遅れた野蛮な北秋の国と考えたのであろう。歴史問題は実に複雑であり、一筋縄ではいきそうもない。しかし、文字、言葉によって、理解できることにも、同文同種の文化を共有しているということは否定できまい。</span><br />
<span style="font-size: large;">（長谷川徳之輔エッセイ）</span>]]>
    </description>
    <category>エッセイ</category>
    <link>http://tokusan.blog.shinobi.jp/%E3%82%A8%E3%83%83%E3%82%BB%E3%82%A4/%E5%BE%B3%E4%B9%8B%E8%BC%94%E3%82%A8%E3%83%83%E3%82%BB%E3%82%A4%EF%BC%9A%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%A8%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E3%80%81%E5%A4%96%E5%9B%BD%E3%82%92%E3%81%A9%E3%81%86%E3%81%84%E3%81%86%E6%96%87%E5%AD%97%E3%81%A7%E8%A1%A8%E7%8F%BE%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%8B</link>
    <pubDate>Fri, 05 Sep 2014 05:07:11 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">tokusan.blog.shinobi.jp://entry/100</guid>
  </item>
    <item>
    <title>同文同種の国として礼を重んじることは出来ないのだろうか</title>
    <description>
    <![CDATA[<p class="MsoNormal" align="center" style="text-align: center;"><span style="font-size: large;"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif'; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: 'ＭＳ 明朝'; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">同文同種の国として礼を重んじることは出来ないのだろうか<br />
<a target="_blank" href="//tokusan.blog.shinobi.jp/File/hasegawatokunosuke.jpg" title=""><img src="//tokusan.blog.shinobi.jp/Img/1406783899/" alt="" /></a> <br />
</span><span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></span></p><br />
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span lang="EN-US" style="font-size: large;">&nbsp;</span></p><br />
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-size: large;"><span lang="EN-US">8</span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif'; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: 'ＭＳ 明朝'; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">月</span><span lang="EN-US">15</span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif'; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: 'ＭＳ 明朝'; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">日、終戦記念日、毎年、多くの議員さんたちが参拝して、公式参拝だとか、私的な参拝だとか、奇妙な質問が聞かれるが、今年は一段と騒がしかった。小泉首相は、自民党総裁の重要な公約だとして、国際紛争が激化するのを覚悟して、第</span><span lang="EN-US">2</span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif'; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: 'ＭＳ 明朝'; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">次大戦が終わって、中国、韓国が勝利した</span><span lang="EN-US">8</span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif'; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: 'ＭＳ 明朝'; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">月</span><span lang="EN-US">15</span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif'; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: 'ＭＳ 明朝'; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">日に靖国神社の公式参拝をしたからである。世情は、新聞の予定稿のように、さまざまの意見評価が、百家争鳴の状況で一斉に噴出している。政経分離を主張する公明党の神埼党首は、与党の立場であるにかかわらず、遺憾の意を表明し、自民党内でも、支持不支持の異論が続出している。一般国民も同感する人もおり、反発する人もいる。</span><span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></span></p><br />
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span lang="EN-US" style="font-size: large;">&nbsp;</span></p><br />
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-size: large;"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif'; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: 'ＭＳ 明朝'; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">特に、中国、韓国は、首相の公式参拝は、日本の軍国主義の現われだと猛反発している。正直言って、内外で何故、靖国参拝がこんなに論議を呼ぶのか、一般市民としてはなかなか理解しがたい。報道がなければ、靖国神社問題に、関心を持つ市民は多くはないだろう。この</span><span lang="EN-US">60</span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif'; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: 'ＭＳ 明朝'; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">年、戦争の象徴だという靖国神社など意識しない、平和ボケと言われるほど、日本の平和が続いているからである。心の問題であれば、それぞれ個人が、自由に参拝すればよいだろうし、お互いに国際紛争の手段にすることもないのにと思われる。論議を呼ぶのは、靖国参拝が神社、神道という宗教問題なのか、政教分離の憲法問題なのか、日本の戦争責任を認識するか、しないかの国際問題なのか、はた、日本固有の歴史文化の問題なのか、何が問題なのか、一般市民はよく分からないのが本音ではないのか。</span><span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></span></p><br />
<p class="MsoNormal"><span lang="EN-US" style="font-size: large;">&nbsp;</span></p><br />
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-size: large;"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif'; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: 'ＭＳ 明朝'; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">今年特に問題が鮮明になったのは、靖国参拝が、日本、中国、韓国と言う儒教文化を共有する</span><span lang="EN-US">3</span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif'; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: 'ＭＳ 明朝'; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">力国の国際問題になっているからだと言う。中国は、中日戦争の悲劇を生んだ日本の軍国主義の復活は許さない、</span><span lang="EN-US">A</span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif'; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: 'ＭＳ 明朝'; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">戦犯が、合祀される靖国神社に首相が参拝しするのは、日本が戦争責任を認めないからだと言う。韓国は、独立国朝鮮を</span><span lang="EN-US">30</span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif'; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: 'ＭＳ 明朝'; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">数年間植民地にした日本の責任が問われており、靖国参拝の首相参拝は、その責任を認めない現われだという。そうだとも思えるし、</span><span lang="EN-US">61</span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif'; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: 'ＭＳ 明朝'; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">年前の古い話を持ち出して、日本を攻める国際紛争のカードにする、典型的な内政干渉だとも思える。同じ歴史を共有する同文同種の国だけに余計、相互の歴史感覚は、教科書問題でも対立することがあろう。</span><span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></span></p><br />
<p class="MsoNormal"><span lang="EN-US" style="font-size: large;">&nbsp;</span></p><br />
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-size: large;"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif'; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: 'ＭＳ 明朝'; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">我々世代は、歴史の勉強は、西洋史で欧米は一括で、中国は</span><span lang="EN-US">4000</span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif'; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: 'ＭＳ 明朝'; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">年の中国史として習ったのであり、小学生から、「遠方より友来る、また楽しからずや」と孔子様の論語を習ってきている。その勉強で、中国の歴史は、王朝の歴史も、その王朝が終わって、歴史上の評価が固まるまでは、正式な歴史書、正史は書かれない、だから、</span><span lang="EN-US">100</span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif'; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: 'ＭＳ 明朝'; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">年前に終焉した清朝時代の正史はまだ書かれていないと習ってきた。そうなると、ほぼ</span><span lang="EN-US">200</span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif'; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: 'ＭＳ 明朝'; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">年前のアヘン戦争も、</span><span lang="EN-US">100</span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif'; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: 'ＭＳ 明朝'; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">年前の日清戦争もまだ歴史として総括されていない、ということだろうか。とすれば、</span><span lang="EN-US">60</span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif'; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: 'ＭＳ 明朝'; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">年前の第</span><span lang="EN-US">2</span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif'; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: 'ＭＳ 明朝'; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">次大戦、中日戦争は、中国では、まだ現実であり、日本から、古い話であるから、もう今になって、歴史問題として、責任を糾弾するのは、やめてくれとは、言えないのかもしれない。</span><span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></span></p><br />
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span lang="EN-US" style="font-size: large;">&nbsp;</span></p><br />
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-size: large;"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif'; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: 'ＭＳ 明朝'; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">中国が、イギリスの理不尽なアヘン戦争を国際問題にしないのは、イギリスはもう老大国で、いまさら大国中国が相手にすることもない、しかし、日本は、かっては、文化文明では東夷の国として中国の下風に立ちながら、中国が苦難をなめた時代に中国を反面教師として成長して、経済大国になった実力ある国だと思っているから、生意気だという思いで歴史問題を持ち出すのかもしれない。ある意味では、日本に敬意を持ち、尊敬しているから干渉するのだと、大人の評価をしても、いいのでのではなかろうかとも思える。</span><span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></span></p><br />
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝', serif; font-size: large;">（長谷川徳之輔エッセイ）</span><span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></p>]]>
    </description>
    <category>未選択</category>
    <link>http://tokusan.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AA%E9%81%B8%E6%8A%9E/%E5%90%8C%E6%96%87%E5%90%8C%E7%A8%AE%E3%81%AE%E5%9B%BD%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6%E7%A4%BC%E3%82%92%E9%87%8D%E3%82%93%E3%81%98%E3%82%8B%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%AF%E5%87%BA%E6%9D%A5%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%AE%E3%81%A0%E3%82%8D%E3%81%86%E3%81%8B</link>
    <pubDate>Wed, 03 Sep 2014 03:44:19 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">tokusan.blog.shinobi.jp://entry/99</guid>
  </item>
    <item>
    <title>時と度量衡、尖閣、竹島に思う文明の相克：徳之輔エッセイ</title>
    <description>
    <![CDATA[<span style="color: #000000; font-size: large;">時と度量衡、尖閣、竹島に思う文明の相克。<br />
<a target="_blank" href="//tokusan.blog.shinobi.jp/File/hasegawatokunosuke.jpg" title=""><img src="//tokusan.blog.shinobi.jp/Img/1406783899/" alt="" /></a> </span><br />
<br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">　尖閣、竹島の話、日本人にとって、突然の騒ぎであり、そのあまりにも激しい中国、韓国の反日の動きに驚きを禁じざるを得ない。中国、韓国の動きには、国際的、国内的な政治情勢や微妙な対日国民感情がその背景にあるのだろうが、この問題には、国家としての政治的、軍事的、経済的なパワーの問題だけではなく、民族、文化、文明としての作られた歴史意識、民族意識が微妙に顕在化しているのだと思う。今の騒動も、一時の感情的なナショナリズム、その反発の解消ではなく、日本・中国・韓国に共通する長い歴史、文化、文明の儒教社会での、孔子の教え、論語により世界で一番成熟した文明の大人の精神、文明の発露として相互理解の解決が図られて欲しいものである。私も、個人的な経験も含めて、中国、韓国、日本の関係を冷静に、適切に、客観的に調べ、勉強して、相互の考え、見方をしっかり理解したいと思う。そこで、私が出会った個人的な話をしたい。</span><br />
<br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">　もう10数年昔のことだ、韓国のソウル大学で日本と韓国の都市計画を専門とする学者の研究会、勉強会があって、議論に参加したことがあった。韓国の学者たち、実に立派な紳士で、学問的な造詣にも深く、日本語も堪能な親日的な人物だった。みなさん、尊敬できる人柄で、東京大学の都市計画の教室に留学か滞在して、日本・韓国の都市計画を研究した自負心を持っている学者たちであった。その講義の一つにソウルの都市計画、区画整理の話、その成果が語られた。私の理解では、ソウルで区画整理を実施したのは、韓国がまだ、日本統治の時代であり、当然に区画整理も日本の制度、システムに従って行われたものと理解していた。それは、それでいいのだが、微妙な民族意識を招いてしまったようだ。講師の先生が、何かご質問をと言われたので、資料の土地の面積の単位に「坪」という単位が表示されていたことから、つい、面積の単位がハングルでないのは、日本時代の計量単位の「坪」を使っておられるからかと、無神経な質問してしまった。</span><br />
<br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">　ところが、講師の紳士が突然、激昂してしまったのに驚かされた。「長谷川先生、貴方が間違っていますと大声で説明を始めた、日本の単位、坪が韓国、朝鮮から日本に伝達されたもので、韓国の坪が日本から伝えられたものではありません。誤解されないようにという指摘だった、その単位、日本では「坪」を京間とか江戸間とかに変形して使ってしまったのだ、そもそも、韓国の単位も中国からのもので、坪は韓国では「ピョン」、中国では「ピン」というのであり、その原単位は、中国の秦の始皇帝から始まっている、始皇帝の背丈が1間として、それから長さ、広さの単位が決まったのだという説明で、日本の坪は、中国の単位が朝鮮を経由して日本に伝わったもので、時や度量衡を見ても、日本の文明は中国の伯父、朝鮮の叔父の配下にある甥であるという説明だった。</span><br />
<br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">　さらに、長谷川さん、帝の帝たる由縁をご存知ですかと畳み込まれた。知りませんというと、彼はこう説明してくれた。帝の帝たる由縁は、時と度量衡を制するにあるという。儒教の国の時と度量衡はすべからく、中国の孔子の教えにあるというのだ、儒教の国では、中国の皇帝が決める時が、時の基準であったので、国際的にも、時は中国の時を使い、日本の帝は自分の国でしか使えない年号、明治とか昭和とかを決めているだけで、その時に国際的な普遍性はなく、帝とは言えないということである。</span><br />
<br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">　確かにそうだ、北京の明清帝国の牙城の紫禁城の広場には、時を示す日時計と度量を示す升形のモニュメントが飾られている。この二つの器が明清の帝の力を示しているのだろう。地球の大きさをべ一スにするメートル法も皇帝ナポレオンが文明の象徴として決めたもので、世界の標準になり、メートル原器はフランスある。経度・緯度は、イギリスのグリニッチ天文台がゼロ度で、地理的にも世界の中心である。最大の時の基準は、キリストの生誕を基本とする西暦であり、今年が西暦2012年であることに、国際的に誰も異存をつけようがない、日本、台湾やイスラムで、それぞれの時を決めているが、それは自国の建前の暦で、国際的には、ほとんど機能していないだろう。確かに、世界の文明は、いまだに、度量衡を定めた中国の極楷からも、19世紀の欧州文明が決めた時や原単位から脱することはできない、日本は、その文明の最末端にあると思われても仕方がないが、我々には、日本が世界の文明の標準になったという自負心があるのも否定できない。その微妙な、民族意識、自負心が、今回の騒動の根っこにあると思うのは考え過ぎだろうか。</span><br />
<span style="color: #000000; font-size: large;">（長谷川徳之輔エッセイ）</span>]]>
    </description>
    <category>エッセイ</category>
    <link>http://tokusan.blog.shinobi.jp/%E3%82%A8%E3%83%83%E3%82%BB%E3%82%A4/%E6%99%82%E3%81%A8%E5%BA%A6%E9%87%8F%E8%A1%A1%E3%80%81%E5%B0%96%E9%96%A3%E3%80%81%E7%AB%B9%E5%B3%B6%E3%81%AB%E6%80%9D%E3%81%86%E6%96%87%E6%98%8E%E3%81%AE%E7%9B%B8%E5%85%8B%EF%BC%9A%E5%BE%B3%E4%B9%8B%E8%BC%94%E3%82%A8%E3%83%83%E3%82%BB%E3%82%A4</link>
    <pubDate>Sat, 30 Aug 2014 07:06:30 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">tokusan.blog.shinobi.jp://entry/98</guid>
  </item>
    <item>
    <title>沼津駅周辺鉄道高架の本質的な問題　長谷川徳之輔メールより</title>
    <description>
    <![CDATA[<a target="_blank" href="//tokusan.blog.shinobi.jp/File/hasegawatokunosuke.jpg" title=""><img src="//tokusan.blog.shinobi.jp/Img/1406783899/" alt="" /></a><br />
<br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">沼津駅周辺鉄道高架の本質的な問題点</span><br />
<br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　世の中の誰に聞いても、今の時代に意義に乏しい、ばかげた鉄道高架事業をやるべきであり、やれる筈だと心から思っている人は、知事や市長、議員らの政治家にも、行政当局にも、市民にも、いる筈はないだろうと思います。見直しへの結論は見えているのです。問題は、全員が鉄道高架の問題点を理解しつつも、その全体像や仕組みを知ることが出来ず、どうしても自分の利害得失だけで考えてしまうことです。沼津駅周辺鉄道高架事業は6種類の事業の複雑な仕組みの上に、計画されて20年以上を経過し、時代の激変の中でその仕組みや本質が変わっているにも関わらず、所要の検証をされることなく、市民はもとより、政治にも行政当局にも、その本質、全体像を理解しない、理解できない状況に陥っているのではないかと思います。</span><br />
<br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　私は折に触れて、適切な論議が行われることを期待して、元建設省に勤務した知識経験から、誰にも見てはもらえなかった鉄道高架事業の解説書などを描いてきました。「なぜ、沼津市民は沼津駅周辺鉄道高架事業を考え治さなければならいか」2008年の市長選挙の時に市民向けに鉄道高架を易しく解説したもので、計画の内容、コスト、費用負担、その効果、財政事情、現実的な事業の提案、さらに如何にして撤退するかを、本文20ページに及ぶ文書としてまとめたものです。もう一つは2012年の有識者会議やPI委員会の論議の際に、「沼津駅鉄道高架PIプロジェクト・実施計画に関する意見」は私の意見として、大型公共事業の妥当性、利益に見合う投資効果、沼津の復権の可能性、だれが責任者か、さらに如何にして円滑に撤収するのかを専門的な視点で描き、当局に提出したものですが、県、市の当局からは忌避されて、審議されることもなく、お蔵入りになったものです。本質を知ることが怖かったからだろうと当局の無礼も許すことにしていたものです。</span><br />
<br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　この10数年、一市民、一専門家として、利害損得とは無縁に、行政当局、市民にその本質を訴えてきましたが、放置され続け、残念ながら私の意欲も無駄骨であったのかもしれません。でも、ここまで来たことに、私のささやかな正義感が少しは貢献したのとも思いたいものです。最終段階に当たり、行政、市民の間で合理的、民主的な論議が行われますよう、これら資料、ご担当の事務方にお渡しいただき、何かご利用されるなり、参考にしてくだされば幸いであります。</span><br />
<br />
<span style="font-size: large; color: #000000;">　２０１４．８．７　　長谷川徳之輔　　明海大学名誉教授</span><br />
<br />
<span style="font-size: x-large;"><strong><a href="http://tokunosuke.digi2.jp/tokunosuke140809siryou.pdf" title="" target="_blank">参考資料</a>クリックしてお読みください。</strong></span>]]>
    </description>
    <category>徳之輔の意見</category>
    <link>http://tokusan.blog.shinobi.jp/%E5%BE%B3%E4%B9%8B%E8%BC%94%E3%81%AE%E6%84%8F%E8%A6%8B/%E6%B2%BC%E6%B4%A5%E9%A7%85%E5%91%A8%E8%BE%BA%E9%89%84%E9%81%93%E9%AB%98%E6%9E%B6%E3%81%AE%E6%9C%AC%E8%B3%AA%E7%9A%84%E3%81%AA%E5%95%8F%E9%A1%8C%E3%80%80%E9%95%B7%E8%B0%B7%E5%B7%9D%E5%BE%B3%E4%B9%8B%E8%BC%94%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%88%E3%82%8A</link>
    <pubDate>Fri, 08 Aug 2014 02:51:52 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">tokusan.blog.shinobi.jp://entry/97</guid>
  </item>

    </channel>
</rss>