日本と中国、外国をどういう文字で表現するか
このところ、歴史問題を中心に日本と中国の関係がギクシャクしている。「同文同種、同族同州」とか言われる同じ文化、文明を共有すると思われる二つの国の間には、経済、通商のように合理的に解決できる問題ばかりでなく、簡単に片づけられない心情的、政治的に相克する文化、歴史の問題が横たわっている。尖閣列島をめぐる領土、領海争いにも、それが顕著に表れている。黄帝以来4千年の歴史を持つ中国は、中華思想を根底にする覇権国家であり、黄河流域の中原に統一国家が成立して以来、まさに中華、文明国として天下、世界の中心だと自負し、周囲からもそう意識されてきた。周辺諸国は、東夷、北秋、南蛮、西戌と禽獣の名で侮蔑される非文明国で、中華の下にある属国、朝貢国であったのだ。東の夷と言われる日本が国家として成立したのは、たかだか千3百年前の7世紀のこと、中国では、階、唐の世で、文化練乱の時代であった。確かに日本の文字、芸術、宗教などの文化、政治体制はすべて中国からの輸入品であり、長い間に換骨奪胎して、独自の文明を作り上げたというが、漢籍、漢語は、日本人の政治、文化、学術の基礎であり、誰もが孔子、孟子を学び、李白、杜甫を唄い、中華文化を畏敬してきた。 日本、中国が国際化の波にさらされたのは、19世紀半ば、欧州諸国の帝国主義の膨張によってであり、砲艦外交で中華主義、鎖国体制が失われ、欧米流の国際社会に組み入れられた時である。ただ、欧米の帝国主義の圧力の中で国際化をどう進すめたかが、その後の中国と日本の格差をもたらしたのである。日本は1868年に明治維新により開国し、近代化に踏み切った。中華思想を背景に近代化、国際化が遅れる中国を反面教師にして、鎖国から開国に向かい、富国強兵の道を歩み、脱亜入欧を図り、20世紀前半には経済的テイクオフを遂げることができた。他方、中国の近代は苦難の歴史である。1840年のアヘン戦争以来百数十年、中国は欧米帝国主義の圧力で、アロー号事件、清仏戦争、日清戦争、義和団事件、英国の香港、ロシアの遼東半島、ドイツの青島などの植民地の争奪や国内の軍閥の割拠、内戦など外憂内患の苦しみを味わってきた。20世紀後半、やっと中華人民共和国が成立した後でも、朝鮮戦争、中ソ対立、毛沢東の大躍進の失敗、文化大革命の混乱が続き、共産主義の崩壊の後に、天安門事件を経てやっと今の状況に達する。近代化に道に実に200年余りを要したことになる。中国の人たちは、この200年の苦難の歩みの後、今、苦難の連続だった国力、経済も日本を追い越して、やっと世界第2位の経済大国になったと、中華の自信を取り戻しているのではないのだろうか。日本への見方も、東夷として見下していた後輩国に立ち遅れ、経済的、国際的に後塵を拝していたときの劣等感、敗北感を脱して、ようやく優越感を回復する時代になったという気持ちがあるのだろう。良かれ悪しかれ中華意識の復権である。だから、余計に歴史問題を持ち出すのかもしれない。 中華思想から中国が国際社会を見る目は、周辺の外国を東夷、北秋、南蛮、西戌と禽獣の名を使っていたように、各国を歴史的にどのような文字で表現したかでも理解できる。日本は、魏志倭人伝で言われるように東の夷の倭国であった。北の秋の国は勾奴、鮮卑、女真などで奴の国、西の戌の国チベットは吐蛮、南の蛮の国インドは身毒と表現されていた。いずれも国家として誉めた文字ではなく、非文明の国だと貶めた文字である。しかし、微妙な中華意識も垣間見られる、欧米諸国の呼称には、別の表現がある。イギリスは英国、アメリカは美国、フランスは法国、ドイツは徳国、イタリアは義国であり、この言葉、文字にも、欧米文化への畏怖、畏敬の念が感じられる。日本は倭国で、禽獣ではなく、まだ人偏の文字であるだけ準文明国視されていたのかもしれない。同じ欧米諸国でも、ロシアは、日本と同じ人偏の文字の俄国と表現されるようだが、中国から見れば、ロシアは文明が遅れた野蛮な北秋の国と考えたのであろう。歴史問題は実に複雑であり、一筋縄ではいきそうもない。しかし、文字、言葉によって、理解できることにも、同文同種の文化を共有しているということは否定できまい。(長谷川徳之輔エッセイ)PR
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