財政と鉄道高架「目黒区との比較から」
長谷川徳之輔
我が故郷、沼津市の市長選挙は十月だそうだが、私が今住む東京都目黒区の区長選挙は先日行われた。およそ大都会では市民の地方選挙への関心は薄いが、今回の目黒区長選挙では四人が立候補し、争点は危機的な状況にある目黒区の財政をいかに立て直すかにあって、区民の関心も高いように見えた。
では、秋の沼津市長選挙の争点は何なのか。それを考える意味で、平成.二十四年度の予算で故郷の沼津市と、私が日常生活を過ごす目黒区の二つの街の違いを見て、沼津市の財政を考えてみよう。
まず、予算規模だが、景気低迷の中で年々減少する状況にあるが、一般会計当初予算で沼津市は七二二億円、目黒区は八八四億円。人口一人当たりの財政規模では両者とも三五万円でほぼ同額だが、内容にはかなりの違いがある。
はじめに両者の地勢上の違い。鴨沼津市の人口は二〇・五万人、二〇万人を切ったという話もあるが、中規模の地方都市でありへ目黒区は東京二三区の中位の規模、人口は二五・五万人で、ほぼ沼津市と同じ。富裕層の住民が居住していることで、財政は恵まれているといわれている。それでも、財政悪化だとして緊縮財政の最中にある。
沼津市が、海、山、川の自然に恵まれた面積一八七平万㌔の地方都市であるのに対して、日黒区の面積は沼津市の一三分の一の一四・七平方㌔に過ぎず、市街地が連担、密集した住宅地で、目黒川があるだけで、山も海もない、典型的な住宅都市である。人口密度では一七倍の差が見える。
両者の違いを数字で検証してみよう。
人口(万人)
沼津市二〇・五
目黒区二五・五
面積(平万㌔メートル)
沼津市一八七
目黒区一四・七
人口密度(人/一平万㌔メートル)
沼津市一、〇九六
目黒区一七、八六〇
予算規横(億円)
沼津市七二二
目黒区八八四
一人当たり規模(万円)
沼津市三五
目黒区三五
【歳入区分】
市・区税収入(億円)
沼津市三五一(四八%)
目黒区三五一(三九・七%)
▽市・区民税(億)
沼津市一四六(二○・二%)
目黒区三五一(三九・七%)
▽固定資産税(億円)
沼津市一五三(二一・二%)
目黒区(都が徴収)
▽その他(億円)
沼津市五二(六・六%)
目黒区(都が徴収)
税外収入(億円)
沼津市三七一(五一・四%)
目黒区五三一二(六○・三%)
国・県支出金(億円)
沼津市一五五(二一・五%)
目黒区二八五(三二・一%)
市・区債(億円)
沼津市八五(一一・八%)
目黒区四三(四・九%)
【歳出区分】
民生費(億円)
沼津市二二四(三一・○%)
目黒区四七〇(五三・二%)
土木費(億円)
沼津市一五一(二〇・九%)
目黒区七四(八・四%)
公債費(億円)
沼津市七九(一〇・九%)
目黒区九二(一〇・四%)
教育費(億円)
沼津市七四(一〇・二%)
目黒区一○九(一二・三%)
総務費(億円)
沼津市六二(八・六%)
目黒区六五(七・四%)
以上の数字から歳入歳出の内容でマクロ的に比較しても沼津市の財政難苦境のほどが分かる。
歳入、税収では、市・区民税収入が沼津市、・目黒区共に三五一億円と同額であるが、沼津市は、市民税収入が歳入額の半分近い四八%を占めるのに対して、目黒区は三九・七%と一〇ポイントもの開きがある。
富裕自治体の目黒区は、区民税だけで三五一億円の収入が確保できるのに対して、沼津市は、市民税収では一四六億円、二〇・九%に過ぎず、固定資産税の一五七億円、その他を合わせて、やっと三五一億円であり、市民税収という自主財源では二倍以上の格差がある。
ちなみに、一人あたりの市民税収入では、沼津市の七・一万円に対して目黒区は一三・八万円と、やはり二倍の格差がある。
さらに、沼津市における国や県の補助金や負担金、起債などの税外収入は三七一億円で五一・、四%であるのに対して、目黒区は五三三億円、六〇・三%と、これにも一〇ポイント近い開きがある。特に国、都県からの収入が沼津市一五五億円、二一・五%に対して、目黒区は二八五億円、三一一・二%を占める。
目黒区は国、都に依存することが比較的に容易であり、その額は二倍近い格差があるのだ。その分を沼津市は借入金に頼らざるを得ず、市債は八五億円と一一・八%になり、目黒区の四三億円、四・九%に比べて著しく借金の負担が大きくなっている。
マクロ的に見ると、沼津市と目黒区の財政能力には、互いに富裕風体だと評価されながら、実質では二倍近い格差が見られるのである。
これを歳出で見よう。民生費は、沼津市では二二四億円、予算額のほぼ三分の一、目黒区では四・七〇億円、予算の二分の一を超えており、金額では、沼津市は日黒区の半分にも満たない。
人口一人当たりの民生費では、沼津市が一〇・九万円に対して目黒区は一八・四万円と沼津市の金額は目黒区の六割に満たない。教育費は沼津市が七四億円で予算額の一〇・二%、目黒区は一〇二億円で一二・三%、人口一人当たりの教育費では、沼津市の三・六万円に対して目黒区が四・三方円と、沼津市の立ち遅れが目立つ。
人に対する施策の民生費、教育費には、二倍近い格差があり、市民への面倒見が悪く、沼津市の福祉、教育の水準の劣悪さは認めざるを得ないだろう。
逆に地域面積に一三倍の差があることから、土木費は沼津市が一五一億円、二〇・九%であるのに対して目黒区は七四億円、八・四%で、沼津市は目黒区の二・五倍もの規模の支出を迫られているが、一平万㌔の面積当たりの投資額では、沼津市の八七五万円に対して、目黒区は五億円で、六〇倍の開きがある。
インフラ充実の格差は大きい。地域面積の差からも沼津市の土木費の負担は大きく、圏域が狭くインフラ整備が進んでいる目黒区に比べて土木費の支出が大きくならざるを得ず、これが民生費、教育費を圧迫することは否めない。
さて、歳入面、歳出面でも、このような難しい財政事情に直面している沼津市が、二〇〇〇億円もの新規の大規模な箱もの公共事業、沼津駅周辺総合整備事業、中心の鉄道高架事業を遂行できるかどうかである。
正直、誰が見ても不可能だと思わざるを得ないだろう。低成長のなかで、市民税などの財政収入は,伸びず、人口の減少で、さらなる減収すら予想されよう。財政難の折、国や県の負担に多くを依存することも期待できない。
逆の歳出では、少子高齢社会の中、福祉医療、教育へ支出は増加せざるを得ない。周辺自治体との格差が見られる中で、福祉水準の格差の是正もやらなければならない。
他夏インフラ整備は、地震津波対策、防災対策の充実など差し迫った課題に対しては早急な対処.をしなければならず、さらに、これからは、既存のインフラの維持、改修にも多額な支出を迫られることになる。
この中で新規の大型投資を進める力はないだろう。高度経済成長の中で、将来の経済財政の伸びを想定していた大型の鉄道高架事業は、経済社会の激変の中では、残念ながら、身の丈に合った公共事業とは、とても言い兼ねるのである。
市民も行政も、もう一度、事態を正確に理解して、とるべき方向を的確に判断しなければならない。今度の市長選挙はその最後の機会である。(明海大学名誉教授、東京都目黒区)
(沼朝平成24年5月22日号)
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